寄稿 木造建築 - 別所温泉、臨泉楼 柏屋別荘
心のふるさと「木造建築」
衣,食,住と昔からいうように、安全で心から安らぐ空間は、食べ物や着る物と同様、人間にとって必要不可欠なものである。
まだ人や物の交流がままならない昔から、食べ物や着る物、そして建物は、その土地に大量にある材料で造られてきた。そして、
その土地の風土,気候と密接に関係し、相互に影響しあって独自の文化を育んできた。またその中で、人々は健康を願い、安らぎ
を求め、様々な生活習慣が形作られてきた。その土地でとれる食材が体にいいように、その土地の材料で造られた建物が、風土,
気候に適した安らぎの空間を与えてくれるのである。その材料とは、我が国ではやはり木材である。
木造は揺れる、木造はうるさい、木造は寒い、という人がいる。が、そんなことは、昔から誰もが知っていたことである。ただ、
意識しなかっただけのことである。長い歴史の中のほんの最後の数十年だけ、我々は鉄筋コンクリートの建物を体験した。
建築材料学的にみて、木材とコンクリートは、全く相反する、両極端の材料である。コンクリートは、西洋的な発想の建築材料で
ある。無味乾燥とした自然の中から空間を切り取り、外部に対して安全な空間を人工的に造るのに適している。人や物の動きを遮
断し、視線を遮断し、熱や空気を遮断し、振動や音を遮断する材料である。その結果、外部とは無関係な、静粛で、均質で、気密
性が高く、空調の効いた空間が造り出される。でも、その中で、本当に真の安らぎが得られるのであろうか。我々の体の中には、
雨の降る湿潤な気候の中で生きてきた先祖より受け継いだ遺伝子が組み込まれているはずである。自然界に存在する力や光・音・
空気を如何にうまく調節して空間内に取り入れるか、我が国の木造建築には、そのための匠の技が随所に息づいている。木造の振
動は様々な衝撃を吸収し、優れた歩き心地と、万が一体をぶつけてもけがをしにくい安全性を提供してくれる。軽やかで、光や音
や熱や空気を通す構造は、四季の移ろいや時の変化、そして人の気配を感じさせ、なつかしい落ち着きを与えてくれる。木材内部
に大量に含まれる空気は、夏冷たく、冬温かいぬくもりを提供し、湿度も調節してくれる。朝起きて、喉がカラカラに渇くことは
ない。そして、使えば使うほど、使い手の体になじみ、味が出てくる。どうしても使えない部分ができたら、そこだけ造り直すこ
ともできる。そして、使命を全うした暁には、自然に返っていく。木造建築は、我が国の風土,気候から生まれ、文化を育ててき
た、日本人の心のふるさとなのである。
信州、別所温泉にある「臨泉楼 柏屋別荘」は、木造を守り続ける旅館である。今までにも何度かお世話になっているが、今朝も
心地よい目覚めを迎えることができた。どうやら私も、根っからの日本人のようである。
2004年3月17日
東京工業大学工学部建築学科 助教授
横山 裕